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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)982号 判決

上告人

斉藤冨士太郎

右訴訟代理人

内田喜夫

被上告人

加藤富美恵

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人内田喜夫の上告理由第一点について

宅地に転用するための農地の売買契約につき、買主が農地法五条による許可申請手続に協力しない場合であつても、同人が右売買代金の支払をすでに完了しているときは、特段の事情のないかぎり、売主は買主が右協力をしないことを理由に売買契約を解除することはできないものというべきである。所論引用の判例(当小法廷昭和四二年四月六日判決・民集二一巻三号五三三頁)は、事案を異にし、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(下田武三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

上告代理人内田喜夫の上告理由

第一点 原判決は本件土地(登記簿上田、現況畑)についての農地法五条の許可を条件とする売買契約の解除の許否につき、法令の解釈適用を誤つた違法がある。

一、原判決は「被控訴人方で減反、休耕中であつた本件土地(田、現況畑)について、控訴人からの住宅建設のための買受の申入を容れて売買契約をなすに至つたものであること、その契約は代金を一七七万六、〇〇〇円とし、六ケ月後(昭和四九年二月二七日)までに全額支払う。もし支払わないときはこの契約を解消する約定であつたところ、控訴人は約定の昭和四九年二月までに被控訴人に対し右代金全額の支払を了したこと、右売買においては、税金や登記料その他一切は控訴人の負担とする旨約されていた」事実を認定し、「右認定によれば被控訴人は約定の期日に控訴人から代金全額の支払を受けて売買の主要な目的を達しているのであるから、控訴人が農地法五条の許可申請手続に協力しなくとも、これを理由として本件売買契約を解除することは許されないと解すべきである」と判示し、第一審判決を破棄して、被控訴人の本訴請求を棄却した。

二、しかしながら、農地を農地以外のものとするためその所有権を移転する売買契約は、農地を農地として所有権を移転する売買の場合と同様、知事の許可を得ることを法定条件としたものであり、その売買契約自体が条件付であるとされているところである。(農地法五条、一項二項、三条、四項)

従つて、特段の事情がない限り、売主は知事に対し所定の許可申請手続をすべき義務及び右許可があつたときは買主のため所有権移転の本登記手続をなすべき義務を負うことは論を待たない。

右の売主の買主に対する登記義務やその引渡義務は、右農地法の規定の趣旨から知事の許可前にはその効力の発生が認められないため買主は同法五条の許可を条件とする所有権移転の仮登記をなし、その順位保全を計つているところである。

三、そして、右仮登記は知事の許可、即ち前記法定条件の成就を見て、その本登記手続がなされ、始めてその仮登記の時点での順位が保全されるに過ぎず、その許可があり本登記がなされるまでは、あくまで仮登記義務者である売主がその所有権者であり、所有名義人と見られるのであるから、その間売主は固定資産税その他公租公課の負担を課せられることはもとより、相隣関係の当事者となり、また土地工作物の所有者として、不法行為上の責任主体となることなど諸種の紛争に巻き込まれ、これは正に法律上の利害関係ある地位に立たされているものであることが明らかである。

おつて、原判決の確定した事実によれば本件条件付売買契約において「税金や登記料その他一切は控訴人の負担とする」旨約されたものとされるが、右控訴人の負担とされる中には、果して本登記のなされるまでの固定資産税等の公租公課まで含まれるものか否か不明であり、これにつき、現に上告人において負担支払をしているところである。

また、仮登記権利者たる買主が知事に対する許可申請手続をなさず放置し、その挙句結局これが不許可となつたような場合には、売主において既に受領した代金を不当利得として返還すべき義務も生じ、そのうえ、なお換価処分を望むときは新たな買主を求め、これとの売買契約を取交す必要も生ずる外、売主が仮登記中所有者として他にこれを譲渡もしくは抵当権の設定等の処分をなした場合、その後先の買主のために知事の許可を得て本登記がされたときは、仮登記時に遡つてその効力を保全されるためこれにおくれる譲受人又は抵当権者等と売主の間でも困難な法的問題が起り、売主にとつて知事の許可の有無、即ち前記法定条件の成就につき法律上事実上重大大な影響利害関係を有することが明らかである。

従つて、売主としては知事の許可――条件の成就、不成就の未定の間のこのような不安定な地位を速かに確定させるため、買主に対し知事に対する許可申請手続を売主と共になすことを求めることができ、その必要があるものといわなければならない。

四、ところで農地の売買においては、前記のとおり知事の許可はその効力要件であり知事に対する転用の許可申請については法律上双方申請主義がとられ、(農地法五条、同法施行規則六条、二条、二項)その許可書は本登記申請に際しての必要添付書類となつている(不動産登記法三五条一項四号)から、売主のみならず買主もまた売買契約に基づきその手続の完成に協力すべき義務があり、その義務は売買契約の成立と同時に発生するものといわなければならない。

そして、右知事に対する許可申請手続は売買の要素たる双方の債務ではないにしろ、本来その契約の効力を終局的に発生させ契約をなした目的を達成するに必要不可欠の前提手続でもある。

五、そうとすれば売主が右許可申請義務を履行するため、債務の本旨に従つた弁済の提供(本件においては売主の署名押印のある農地法五条許可申請書及び関係添付書類の交付――甲第三号証、第四号証の一ないし三参照)をなし、かつ相当の期間を定めて買主に対し右知事に対する許可申請手続をなすことを催告したにも拘らず、買主がこれを履行しないのであるから、売主は右買主の知事に対する許可申請手続の懈怠により契約をなした目的を達し得ないから民法五四一条によりこれを理由に右条件付売買契約を解除することができるものというべきである。

六、しかるに、原判決は農地以外の一般不動産の売買と同列に解したのか、単に買主の主たる義務である代金支払義務に対応する売主の権利――代金の支払を受ける権利の満足を受けたとして――代金全額の支払を受けて売買の主要な目的を達しているものであるから買主が知事に対する転用許可申請手続に協力しなくともこれをもつて売主において売買契約を解除することは許されないと判示しているが、これは農地売買における仮登記義務者である売主の前記、知事の許可、本登記手続に至るまでの重大な利害関係、不安定な地位に立たされるものであること及び右知事に対する許可申請義務の特質、その内容を看過ないし誤解したものであつて到底承認することのできない論理であり、「畑を宅地に転用するための農地の売買契約がなされた場合において、売主が知事に対する許可申請手続に必要な書類を買主に交付したのに買主が特段の事情もなく、右許可申請手続をしないときには売主はこれを理由に売買契約を解除することができる」旨の御庁の判例(昭和三九年(オ)第一〇五一号、同四二年四月六日第一小法廷判決、民集二一巻三号五三三頁)にも違背するものであることが明らかである。

第二点 〈省略〉

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